炎上騒動という名のプロレス【ポケモン/ホリエモン騒動に見る日本人のユーモア】


(ポケ|ホリエ)モン騒動

最近、芸能人がポケモンGO関連の発言で批判を受けたり、炎上したりしているのを頻繁に見かけるようになった。ホリエモンこと堀江貴文氏と東国原英夫氏のバカモンバトルガチ喧嘩も記憶に新しい。

多くの有名人が便乗

ポケモンGO発言については、他の有名人や芸能人も加勢し、お互い過激な言動で反論しあっていてなかなか面白い事態になっている。最近とんと見かけなくなった幻の有名人達も、ここぞとばかりに便乗発言を繰り出しており、大変目が離せない。

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実名ネット社会の矛盾

匿名でもないのになかなか過激な発言が出来たものだなと、ネット社会の残酷な変化を肌で感じている今日この頃である。

だいたい『軽蔑』や『てめー』などという言葉は現実世界でもめったに聞けるものではない。それを実名でしかも何億人という観客がいるウェッブの世界でためらいもなく使ってしまうのだから、インターネットという代物は人間の理性をどこか狂わせてしまう悪魔の発明であると思いたくもなる。

愛のある批判

けれどもよく考えてみると、これは実はプロレスみたいなもので、批判する側もされる側も、わかっていてやっていることだったりするんじゃないだろうか。だからこそ過激な発言が出来るというものだ。

その昔ビートたけしがタモリを批判していた頃があったけれど、あれと同じようなものなんじゃないだろうか。ネット上で言い争っている現代の著名人達も、リングの外では意外と気が合ったり、または親密に酌み交わす仲だったりするのかもしれない。

批判する側も側で、心の底から相手を憎んでいることは無いはずで、実際は炎上という名のビッグウェーブを盛り上げてやろうという感覚のほうが強いのではないか。

こちらとしては、紳士の遊びや猛獣の戯れを見せつけられているみたいなもので、面白くもなんともないのだが。

売られた喧嘩を買う紳士

ただ、一番つらいのは仕掛けた勝負を誰も受けてくれない状況だろう。この場合、煽った側はただスルーされただけの痛い人になってしまう。申し入れられた決闘を断ることは武士の恥と言われていた時代もあったくらいだから、現代のネット内に飛び交う批判・罵倒のキャッチボールには、もしかすると相手への配慮や敬意が少なからず込められていたりするのかもしれない。

もうネットと言う名のスタジアムの中では、売られた喧嘩を買うことがある種の社交辞令みたいなものになっていて、しかも売る方買う方の双方にメリットが生まれてしまう時代になっている。

チヤホヤされたい赤鬼と青鬼

過激な発言をすれば、その分世間でも話題になるし、あわよくば自身の宣伝にも繋がる(いわゆるステマ(ステルスマーケティング)みたいなものである)。

これは特に喧嘩を拾う側に大きなメリットがあり、反論の際の発言に説得力があれば、世間からの支持も得られる。

だから皆何とかして名を上げようと過激な発言や反論・加勢を繰り返す。夫婦喧嘩は犬も食わぬというが、中には炎上という肥やしを好んで貪る者も多くいる。

または他人の顔を立てるためにわざと過激な発言をして悪者を演じるしたたか者もいるかもしれない。「泣いた赤鬼」で言うところの青鬼役だ。また現代社会に対する問題提起として過激な発言を行っている人たちも少なからずいることだろう。

だからこの手の有名人の発言というのはヤラセとまでは言わなくとも、大げさに観客を煽るプロレスラーの会見を見ているみたいで歯痒いかぎりなのである。

冷静な狼たち

こんな的外れなことばかり考えているものだから、最近は有名人の言い争いに面白みを感じられなくなってしまった。一見、有名人達が顔を真っ赤にして反論し合っているように見える過激なやり取りも、実際はクールな顔で計算された強かな文章をポチポチと打ち込む姿が容易に想像出来てしまって、どうにも興ざめてしまう。

例えるなら、広大に見えていたネットが、実は有限でとても小さな世界であったという現実に気づいてしまった時のような、そんな気持ちである。

ネットは広大ではない。少なくとも我々常人が見ているネットは極めて狭いスタジアム内にあり、我々はその観客席で他人の試合を眺めているだけの存在に過ぎない。

この小さなスタジアムのドームの中で、緑色のネットの内側だけを見つめ、観客になるまいと必死にもがく我々常人の行き着く先は、ひょっとするとこの孤独なネットの片隅で必死に吠え続ける狼たちなのかもしれない。

追記

海外でも似たような現象をよく見かけるが、若干事情が異なる。

世界的なコンピューターエンジニアとして知られるリーナス・トーバルズ氏は、毎度過激な発言を行うことで有名だが、実際の人柄は温厚で、多くのエンジニアたちは彼の発言をイカしたジョークとして受け入れてしまうことが多い。

海外では過激な発言には過激なユーモアで返すことも多いがそれ自体が大きな問題に発展することはない。これは両者がお互いを本気で罵倒しているわけではないということを、お互いや視聴者がきちんと理解/自覚しているからこそ出来ることなのかもしれない。

ただ日本人のやり取りの怖い所は、両者が本気で言い争っているように見えてしまう所にある。これも日本人なりのユーモアなのだと信じたいものだが、実際本当に顔を真っ赤にして罵倒しあっている可能性もあるところが、ジョークを理解できない日本人・日本の文化の恐ろしいところでもある。

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