OSSのコーディング規約/コーディングスタイル(WebKit 編)

有名なオープンソースプロジェクトのコーディングスタイルを紹介していくシリーズ。単純にコーディング規約を紹介するのでは無く、プロジェクト特有の癖や文化も交えて紹介していく。第一回目はApple社とも深い関わりのあるWebKitプロジェクトを紹介する。

WebKit

有名なHTMLレンダリングエンジン。Webブラウザの中核を担う技術。C++で作られている。Appleが中心になって開発。AppleのSafariが採用。Google Chrome(Chromium)が活用していたことでも有名(現在はWebKitから分裂したBlinkを採用)。WebKitはレンダリングを担う「WebCore」の他、JavaScriptの実行エンジンである「JavaScriptCore」など複数のコンポーネントを内包している。

なおWebKitはもともとKDEプロジェクトのKHTMLがベースとなっている。WebKitプロジェクトのコーディングスタイルの多くはこのKHTMLのスタイルと類似している。よって「WebKitのコーディングスタイル = Apple社のコーディングスタイル」とはならない点に注意したい。

サンプルコード

WebKitのコーディングスタイルを意識して記述した架空のサンプルコード。プロジェクト特有の規約や癖をコメント内で解説する。

namespace ns {
                      // 名前空間内では字下げを行わない
template <typename T>
class ClassName {     // 機能名はキャメルケース
public:
    ClassName()
        : m_data()     // 改行後カンマと同列に記述
        , m_length()
    {
        switch (0) {   // 波括弧は制御文と同一の行に記述
        case 0: break; // case文をswitchと同一の列に記述
        }
        return;        // voidを返す際には空白を省略する
    }

    char value()       // 関数定義時、開始括弧の前で改行
    {
        if (m_length == 0) // 波括弧省略
            return '\0';   // then節は開業後に記述
        return m_data[m_length - 1]; // 演算処理における適切な空白挿入
    }

    // document comment ドキュメントコメントはスラッシュ二つで表現
    template<class T> int setValue(const T& value, unsigned length) // 仮引数は全て一行で記述
    {
        const char* data = copy(value);
        m_data = data;

        if (length != -1
            && length != 0)    // 改行後オペレータを先頭に記述
            m_length = length; // 複雑な条件式でも波括弧は省略することが多い
        else {
            m_privateMember = static_cast<int>(strlen(data));
            return 1;
        }
                  // 処理毎に適切な改行を用いてコードブロックを表現
        return 0;
    }

// 空行ではインデントを省略
private:
    const char* m_data;  // `m_`プレフィックスを利用
    unsigned m_length;   // `unsigned int`は使わない
    int m_privateMember; // キャメルケース
};

} // namespace ns

コーディングスタイルや開発スタイルの特徴

比較的緩いスタイル。厳格さよりも書きやすさや書き手を重視する姿勢が感じられる。クラスのメンバ変数には接頭辞としてm_を利用している点が特徴的。

またcase文をswitch文と同一の列に記述点も特徴的。ちなみにApple製のIDEであるXcodeではこのcase文のスタイルを強制していないが、Swift言語向けのソースエディタ及びコード整形機能では当スタイルがデフォルトになっている。

カテゴリスタイル
開発スタイル
インデントソフトタブ(4文字幅)
空行インデント無し
適切な改行わりと行う
波括弧の省略あり
波括弧の改行なし(関数定義時のみ改行 - K&Rスタイル)
if文のインライン化なし(then/else節は改行後に記述)
制御文の空白丸括弧の前後に空白を挿入(`if () {}`)
一文字変数ほとんど見かけない(例外: `i`)。明確な名前を用いる
アクセサゲッタの接頭辞のみ省略(`value(), setValue()`)
ドキュメントコメント`// `を利用
コメント整列しない(`;`の後空白一文字で統一)
ヘッダファイルソースファイルと同一ディレクトリで管理
ヘッダファイル内定義あり(メンバ関数)
設計
演算子オーバロード使う
純粋仮想関数使う(override修飾子必須)
プログラミング作法
goto文あり(頻繁に利用)
case文switch文と同一の列に記述
ヨーダ記法無し
演算処理の空白あり
改行時の演算子前置(改行の後に記述)
変態技法見かけない
命名規則
クラス名アッパーキャメルケース
メンバ変数ローワーキャメルケース(`m_`メンバプレフィックス使用)
メンバ関数ローワーキャメルケース
引数ローワーキャメルケース
変数ローワーキャメルケース
略称使わない(一時変数は基本的に代入元のメソッドと同名)
C++スタイル
参照型側に詰める(`int& v;`)※ KHTMLは変数側
ポインタ型側に詰める(`int* v;`)※ KHTMLは変数側
const左辺値参照constを型名に対して前置する(`const T&`)
プライベートメンバ変数クラススコープの末尾で宣言
コンストラクタクラススコープの前方で宣言、ヘッダーファイル側で定義
メンバ関数実装ファイル側で定義
テンプレート空白あり(改行省略時空白なし)、typename/class混在、改行ありなし混在
生ポインタadoptRef(T*)とT::deref()の独自機構で管理
スマートポインタ使う(unique_ptr)外部ライブラリで利用(weak_ptr/shared_ptr)
前置/後置インクリメント使う
列挙体enum/enum classの両者を利用
C++スタイルキャストdynamic_cast以外は良く使う(static_cast, reinterpret_cast)
using namespaceユーザ定義の空間をファイルスコープに取り込む(`using namespace WebCore;`)
イテレータ`for (; it != end ;)`形式で回す
仮引数名宣言時に省略する場合がある

コーディング規約

Code Style Guidelines | WebKit(https://webkit.org/code-style-guidelines/

ソースコード・リポジトリ

WebKit/webkit(git://git.webkit.org/WebKit.git, ミラー: https://github.com/WebKit/webkit

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