電子書籍を受け入れられない ─ 忘れやすいデジタル 紙の本と記憶の定着


電子書籍が好きになれない。紙の方が読み返しやすいし、形のあるものを手にとって読める分、記憶の定着も良いと感じている。

逆にデジタルの情報は、電子書籍でもWebページでも記憶に残りにくいと感じることが多い。同じ本や同じ記事を何度読んでも忘れてしまうことがある。

もし仮に、アナログな環境で得た情報よりもデジタルな環境で得た情報のほうが記憶の定着率が低くなる傾向にあるのなら、漫画なんかは電子コミックで読んだほうが何度も楽しめて良いかもしれない。面白い作品は記憶を消して何度でも読みたいなんてよく言うけど、電子版で読めばそれに近いことが実現出来るんじゃないだろうか。何度読んでも飽きない読み方としての電子書籍は最適かもしれない。

あまり関係のない話だが、食事をしながら観たドラマやアニメのストーリーというのは忘れやすい。同じ作品を何度も楽しみたいと思うならオススメの鑑賞方法である。
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電子書籍は未完成

電子書籍で読んだ内容は記憶として定着しにくいと感じる。ただこれはソフト面やハード面でまだまだ改善できそうな気もするが、しかし現状ではそれが出来ていない。私が電子書籍を受け入れられない理由はそこにある。

紙の本の空気感

私は昔、本に差し込まれた付箋の位置を見ただけで、そのページの内容を思い出すことが出来るということに気づいたことがある。付箋が、曖昧な記憶を辿り呼び起こすためのトリガーのような役割をしていることに気づいたのだ。

最近は本棚から実際に本を手に取らなくても、付箋を貼り付けた時の記憶や、本の質感、汚れ、厚さ、重さ、折り目、紙の香り、カバーのデザインから、本の内容を思い出したり、その時感じたこと、思ったことを詳細に呼び起こすことが出来るようになった。

ただ、電子書籍ではこれが難しい。どの本を読んでも電子書籍リーダーの質感や厚さ、重さは変わらないし、本のページの位置や分量を測る手段はデジタルで表記されたページ数とシークバーの位置だけだ。画面のサイズやデザインも、端末やソフトウェアをアップデートすれば大きく変わってしまう。

電子書籍には存在感や普遍性、一貫性が感じられない。紙の本と電子ブックの決定的な違いはまさにそこにある。

電子書籍は無機質で冷たい

記憶というものは何か別の記憶と関連付けるようにすると引き出しやすくなると言われている。紙の本ではそれが自然と行われるが、電子書籍ではそれが難しい。紙の本には思い入れや愛着が残るが、電子書籍にはそれが残りづらい。手軽に買えて気軽に捨てられる。所詮0と1で構成された形のない情報に過ぎないのだ。デジタルは無機質で冷たい。

だから私は電子書籍を受け付けられない。完全に紙の本に毒されてしまったのだ。新しい物を受け入れられなくなるというのはこういうことなのかもしれない。

いずれ世代交代が起こる

紙の本を読んでいた時の「雰囲気」や「空気感」は後になっても鮮明に思い出せるのに、電子書籍ではそれがどうしても曖昧になってしまう。私の脳はどうやら紙の本を読むことに最適化されてしまったようだ。

ただ若い世代の場合は違うはずだ。読み手が電子書籍に慣れることさえ出来れば、電子書籍は紙の本と同等またはそれ以上に効率的な媒体として受け入れられる可能性がある。

そう考えると、義務教育の段階からタブレットPCによる授業を受けたり、デジタル教科書に読み慣れることはとても意味のあることなのだと思えてくる。若い世代の感性や能力を育むためには、新しいテクノロジーや環境を惜しみなく導入・整備する必要がある。教育とはそういうものなのだ。

最後に

おそらく今の世代には、電子書籍の本当の力が理解できていないのではないだろうか。読む側のメリットよりも売る側のメリットの方を先行させてしまっている現市場では気づけないはずだ。本当はコスト面や可搬性、省スペース性なんかよりも本質的な価値があるはずなのだ。そしてそれが理解できる世代というのは、電子書籍やデジタル家電に囲まれて育ってゆく真のデジタルネイティブ世代だけなのだろう。

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