「夢の中で夢を見ていた」
その時、私は自分が夢の世界にいることに気づいていた。でもそこはあまりにも現実的な世界だったから、このことがにわかには信じがたく、私は空を飛ぶことに躊躇していた。かねてから一度でも夢の中で蝶のように空を舞ってみたいと思っていた。これはそのまたとない機会でもあった。頬をつねると微かに痛みのようなものを感じた。痛みは私がこの世界に生きていることの確かな証である。すると夢の中の私は意を決したのか、冷たい手すりからそっと手を離した。屋上から地面へたどり着くまでは驚くほどあっと言う間であった。その一瞬のうちに世界は暗転し、私は現実世界で目を覚ました。
「人は夢を見続けなければ生きられない」
今でも思うのだが、あの時、私は自分が「夢の中にいることを自覚していた」のではなく、ただ「夢の中にいることを自覚する夢を見ていた」に過ぎなかったのではないか。私はあくまでその夢の傍観者でしかなかったのではないか。
しかしそれはこの現実世界においても同じことが言えるのではないか。現実は連続する意識の元に存在する。過去の自分たちの意思や選択、経験によって今の自分が形作られている。過去の自分たちの意識に責任を持つことをしないまま、この現実を生きることは、夢の中の傍観者であり続けることと何ら変わりないのではないか。
夢の中にいることを自覚する夢を見るように、私たちは現実の世界に生きていると自覚している夢を見ているのかもしれない。
「この現実世界の中で私たちはどうすれば安堵の眠りにつくことができるだろうか」