筆者はいかにして風船おじさんとなったのか

私の住む地域では、毎年暖かい時期になると昼間の駅前広場で「○○フェスティバル」という類のお祭りが開催される。屋台やら商店街の出し物やらで地域は大賑わいだ。銀行の前では着ぐるみのパンダが子どもたちに向けて毎年のように風船を配っている。

この銀行の風船配りは、私が子供の頃から行われていたものだから、きっともう何十年も続いていて、その銀行にとっての恒例行事となっているのだろう。

毎年そんな催しを目にする度に、銀行員の綺麗なお姉さんと着ぐるみのパンダを前にもじもじと風船を受け取っていた少年時代の自分が思い出される。

ヘリウム入りの浮かび上がる風船などというものは、そう簡単に手に入れられるような代物ではなかったから、当時の私はそれがどうしても欲しくてしかたなく、そのため母親に許しを得た上で、その風船を受け取りに出かけたのであった。

母親は家に物を置きたがらない人だったから、始めは難色を示したものの、しかし、いずれは空気も抜けて捨ててしまうような物ならば、ということで、なんとか納得してもらえたのだった。好奇心旺盛な子供の頃の自分にとって、その浮遊する物体はまるで魔法の世界の宝物かなにかのように思えたものだ。だから私は毎年のように、そんな風船を受け取るべく、この地元のお祭りに参加し続けてきたのである。

そして今年もまた、私はパンダから素敵な風船を受け取る。

大の大人が着ぐるみのパンダから堂々と風船を受け取る。

何をやっているんだと思われるかもしれないが、事実、私は毎年こうしてパンダから風船を受け取っている。

風船を貰いたがる大人なんて私くらいのものだろうから、毎年入れ替わる銀行の若いお姉さんたちは毎度訝しげに私のことを見るけれど、隣のパンダはこれに一切動じることがない。何の迷いもなく私に風船を手渡すその姿はまさにベテランのそれだ。

このパンダとの無言のやり取りには毎度なにか熱い友情や絆のようなものを感じさせられるし、ひょっとすると着ぐるみの中の人は昔から変わることなく同じ人が担当していて、私の成長をずっと見守り続けてきてくれたのではないかと考えると、何だか感慨深いものがある。

そんなありがたい感慨の詰まった風船を、毎年私がどうしているのかというと、私は毎回その場から少し離れた路地裏に入って、プカプカと浮かぶ風船のその根本に固く巻きつけられた白い糸から手を離し、まさしくその風船を大空へと放つのである。

人の手を離れ解き放たれた風船は音もなく宙を舞い、雲一つない青空へと吸い込まれてゆく。底の見えない暗い海へと沈んでゆくかのように、それは次第にうっすらと曖昧なものとなって泡のように消えてゆく。

私はそれを毎年見届けるのである。日陰はまだ少し肌寒く、そこは人通りの無い狭く寂しい路地裏だが、その分暗い建物の隙間からのぞく空の色が際立って、それが恐ろしいまでに美しく感じられる。人の手の届かない世界へと至ったその風船には、何か特別な価値や意味があるように思えてならなかった。

どうしてこんなことをするのかと言うと、やはり子供の頃にこのお祭りで初めて貰った大切な風船を空に飛ばしてしまった経験が、私の中に強く残っているからなのだと思う。

意図せず手放してしまったその風船を、少年の私はただ見つめることしかできなかった。風船は上から私を見下ろすばかりで、私はただ呆然とするだけだ。何かを失うことの寂しさこそ感じたものの、それは次第に薄れゆき、残ったのは先の見えない広い宙への関心であった。広い大空にただ一つポツンと佇む風船を見て、この世界の底知れない広さと自身の無力さを突きつけられた。

気の遠くなるような未知の世界のことを考えている間だけ、私は目の前の不安や後悔から逃れることができた。青い空は私の心をかたくとらえて放すことをしない。失うことによって世界を知った。失ったことには意味があったのだと思えた。もう恐れるものは何もないとさえ思えた。これは私の人生における大発見と言うべき経験であった。

この感動を誰かに伝えたくて、私は毎年こうして風船を空に放つのである。

私の風船を放つその姿を目にする少年たちは、皆一様に空へと消える風船を見届ける。

題名:空へ落ちる風船たち

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