けいおん!の11話「ピンチ」は登場人物の内面が非常に繊細に描かれた良い回でした。
ネットでは「鬱展開」とか「シリアス展開」などと言われて不評なようですが、あのような展開になった理由と登場人物の気持ちさえ理解できれば、別にどうということはありません。
そもそもあのようなギスギスとした関係が生まれてしまった原因というのは、澪が楽器店でワガママな態度を取ったことにありました。
楽器店で律が「帰ろう」と言うと、澪は「やだ」といって駄々をこねるのですが、そもそも澪はなぜあのような態度を取ったのでしょうか。
察するにあれは、孤独なレフティフェアの中で澪が自らの疎外感を自覚してしまったことに原因があったのではないでしょうか。
嬉しいはずのレフティフェアですが、しかしそれは左利きである自身のマイノリティな立場や、バンドメンバーとの距離感を強く意識させられる場でしかなかったのです。
そのような中で澪は一人寂しく左利き用のベースを眺め続けているのですが、後からやってきた何も知らない律はただ「帰るぞ」と言い放ちます。
澪はそこで「やだ」とワガママを言うのですが、実はこれは「帰りたくない」という単純な意思表示ではなく、「一緒にこの場にいてほしい」「親身になってほしい」という、寂しがり屋な澪の甘えでもあったのでしょう。
本当はみんなと一緒にその場を楽しみたかったわけですね。
レフティフェアに夢中になる中で、澪はおそらく「本当はみんなと同じ時を過ごしたかった」という自らの気持ちに気付かされるわけですが、しかし内気な性格である澪はその気持を素直に伝えることはできません。
幼馴染である律だけはその気持ちを察してくれるだろうと思っていたのですが、実際はそうではありませんでした。律は澪を子供扱いするだけで、澪の内面にある気持ちに気づくことはありません。
澪の最初の「やだ」には「寂しい自分に構ってほしい」という無意識の思いが表れていたのですが、しかしその思いはあえなく無下に扱われてしまったため、澪はその後も意地になるしかなかったのです。
澪の「もういいよ」「ばか律」という言葉には、自分の心境を察してくれなかった律への苛立ちと寂しさが表れているように思えます。
澪の気持ちに鈍感な律ですが、物語の中盤では溶けかけのアイスよりも澪のことが気に掛かって仕方ないような様子を見せたり、懸命に澪の気を引こうとしたり、終盤で部屋に上がってくる澪の足音に気づいていたりと、いかに律が澪のことを大切に思っているかが描かれています。
この回にはバンド物にありがちな、心のすれ違いや不穏な空気が描かれているのですが、その誘導と解消の仕方が非常に簡潔で合理的な展開として描かれているため、まったく不快さやドロドロとしたものを感じさせません。それどころか彼女たちの振る舞いには微笑ましささえ感じさせられます。苦しい葛藤で問題を解決するのではなく、優しさでわだかまりを解かしていくような癒やしの物語になっています。男性同士のバンドではなかなかこうはいきません。親と子の絆に近いものが描かれています。これほど優しさと愛情に満ちたシリアス回は未だかつてなかったのではないでしょうか。