「しか勝たん」が気持ち悪い理由を考える

初音ミクしか勝たん。

ジャニーズしか勝たん。

なにかに夢中になっている人たちの鼻息の荒さが感じられる。

周りが見えないまま自分たちの好きなことを声高に叫んでいる感じが見ていて痛い。※1

※1 これらは意図的な自虐演出のようにも感じられる。彼らは「過激な主張をする自分」という存在を意図して滑稽に描いているのではないだろうか。あれはある種の冗談や悪ふざけのノリでもあるのだろう。「しか勝たん」は外側に向けた強い意見とも取れる言い回しであるが、彼らはそのような自身の意見を押し通そうとする強引な姿勢をあえて取ることで、それを見る者たちのツッコミや賛同を期待しているのではないか。

落ち着きの無いこれみよがしな態度と妙に得意げな感じが滑稽に映る。

タピオカミルクティーしか勝たん!

大盛りカツカレーしか勝たん!

落ち着きの無い稚拙なノリが実に不快に感じられる。

全体的に、戯けた感じが鼻につく言い回しとなっている。

ラーメンのトッピングはチャーシューしか勝たん

豚カツにはさらさらのウスターソースしか勝たん

今年のお菓子グランプリはきのこの山しか勝たん

たけのこの里しか勝たんから

勝ち負けの観点を持ち込んで物事の価値に優劣を付けようとする出過ぎた態度が鼻につく。※2
まるで他を否定しているようにも感じられる。

ただ「寒い日は二度寝に限る」といったような個人の嗜好や主観を述べたようなニュアンスとして受け取れば、そこまで不快には感じられない。※3

わかる RT: 雨の日は二度寝しか勝たん( ˇωˇ )スヤァ...
起きろや!!(# ゚Д゚)つ ミ石 Σ( ゚ω゚ )!!

実際のところ「しか勝たん」という表現は人々の共感を求める表現として用いられているように思える。

クリスマスイブは自宅で一人でゲームしか勝たん(´;ω;`)
ひとり酒しか勝たん独身OLマンなので推しのワンカップと戯れている。
一人たこ焼きパーティーしか勝たんボッチ人生を謳歌している。

このように自虐的に用いることで人々の共感や同情を集めることもできる。扱い方次第で様々な表現が可能となる。

ただし嗜好性の分かれる話題では、意見の違いによる反感や対立が生まれやすい。

かけ蕎麦には天ぷらしか勝たん(^ω^)
きつね蕎麦こそ至高!!(# ゚Д゚)つ)ω゚);,'.パーン!!
コロッケしか勝たんから

「しか勝たん」という表現は「気持ち悪い」ものであるというよりは「不快」なものや「ウザい」ものに近いように思う。またそこには「勝手に決めるな」「何様のつもりだ」という反感や反発の感情も含まれている。

個人的な価値観を他者へと押し付けているように見えてしまうのだ。強く断言するような言い回しが用いられていることも大きい。物事の価値を勝手に決めつけようとする出過ぎた偉そうな態度に反感を覚えてしまうだろう。

あるいは単純に一部の人たちや若者の使う聞き慣れない異質な言い回しに不快感を覚えているだけだという可能性もある。落ち着きの無い稚拙な若者のノリが感じられてしまうのだ。自分たちの間でだけ通じる独特の言葉を扱う人々に幼稚さを感じたり、あるいはそのような異文化に敵対心のようなものを抱いてしまっているのだろうか。通ぶった人々や偉そうな人々、媚びた人々に対する蔑視や反発の感情もあるかもしれない。また彼らの価値観が一般化することを恐れ警戒しているという可能性もある。

考え過ぎかもしれない。

※2「しか勝たん」という言い回しは、「野球は巨人軍しか認めん」にも相通ずる、押し付けがましい頑固親父のような表現にも感じられる。

「娘はやらん」のような、有無を言わせない強引な自己主張にも感じられる。他人の気持ちを考えない独りよがりな態度や、他を認めない排他的な態度が表れている。「勝たん」と断言する形での断定調が用いられているためだ。

「しか〜ない」という表現は、対象を限定しそれ以外を否定する意を表す。そのため「しか勝たん」は他を否定する表現のようにも感じられてしまう。

ただの独り言です、といった風を装っているが、独りよがりの強い主張であることに違いはなく、ただただ上から目線と自己主張の強さが感じられてしまう傲慢な表現となっている。

横暴な態度が表れる強引な主張であるにもかかわらず、冗談めかしたような婉曲な表現を用いることでそれを躊躇なく行ってしまう。それが実に身勝手で無責任なものに感じられてしまう。

「しか勝たん」という言い回しに不快感を覚えるのは、そのような言い回しによって、発言者の個人的な主義主張や価値観を押し付けられているように感じてしまうためではないだろうか。そのような押しつけによって世の中の価値観が変えられてしまうことが不快なのである。勝手は許さないという気持ちになってしまうのだろう。

※3 「しか勝たん」は自身の心情を表した表現でもあり、それは「これ以外は認めない」という他の否定を目的とする外側に向けた意見や主張というよりは、自分の中で「これがベスト/これが最高」というような、個人的な内側の心情を述べたものとしてのニュアンスを帯びているようにも思う。「限定と否定」ではなく「強調と肯定」が主な目的とされているのだ。仮に「しか勝たん」という言葉が「これで勝つる(勝てる)」という既存の表現に影響を受けたものであると考えるならば、そのようなニュアンスも十分に理解できるものとなるだろう。もっともその場合は「しか勝てん」という表現を用いるのが適切といえる。

正義の押し付けが嫌われる現代では、強引さの感じられる「〜は正義」というような表現よりも、「〜しか勝てん」という物腰の柔らかさを感じさせる内向的な表現のほうがより扱いやすいものとなるだろう。

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