日本人が不幸なのは国の貧しさを認められないから

日本の社会は「金がないのに無駄遣いがやめられない」というワガママな習慣を未だに改めることができないでいる。

中抜き文化、無駄な公共事業、多すぎる議員、過剰な国際支援、手厚い医療制度、年功序列、飲み会、自治会・PTA、原発反対、冠婚葬祭、限界集落、性善説、負け戦の新自由主義政策、クレーマー優遇、少数派への過剰な配慮、宗教法人への税制優遇、仕事をしない社長一族の役員など、この社会の無駄を挙げればきりがない。

金持ちと老人の贅沢を守るために若い人々が必要以上に酷使されてしまっているのがこの国の現状だ。

豊かな時代を生きた人々の価値観や文化、そして支配層の既得権益を維持するために、若い人々が渋々その維持活動に参加させられている。高い税金と社会保障費を支払うことによって。

「社会は強者にとって都合の良いようにできている」とは、以前から何度も言われてきたことであるが、その弊害がいよいよもって看過できないレベルに達してしまったというのが、この時代の様相である。

だからこそ現代の若者は嘆き絶望するのである。現代の若者が貧しく不幸なのは、彼らが他人の豊かさのために生かされる奴隷だからだ。

この国が貧しい国になったという現実と向き合い、公平を求め、無駄をなくし、自分たちの身の丈にあった社会を受け入れることができれば、この国の若者たちは安心して自分たちの宿命と向き合い、幸福の何たるかを知ることができる。

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