ボーカロイドの流行とダンスミュージック・オタク文化の影響

ボーカロイドの流行をもたらした大きな要因として、当時のダンス音楽界隈の影響と「Perfume」の存在が挙げられると思う。

パフュームのプロデューサーである中田ヤスタカがクラブミュージックをメジャーの世界に持ち込み、ボコーダやピッチ補正ソフトを用いた機械的な楽曲を押し出したことによって、作り手と受け手の求める音楽性や価値観は急激に変化していったように思う。また楽器の録音からマスタリングまでを自身のパソコンで完結させる彼の音楽制作スタイルは、多くのDTM音楽家のロールモデルとなっていった。

そんな時代に登場したのが「初音ミク」だった。

初音ミクの登場によって個人がアイドルをプロデュースできる時代がやってきた。作り手はVOCALOIDの機械的な歌声に拒絶感を抱くことなく、むしろ当時のテクノポップブームやアキバ系ブームの流れの中で大きな可能性を見出していたのではないだろうか。

黎明期のボカロブームは当時の先進的なダンス音楽界隈やオタク界隈(アニソン、ゲーソン、ギャルゲソング、アイマス、音ゲー、電波ソング、J-CORE、Flash、MAD、DTMer、...)、インターネット界隈の生み出した文化的な下地によって支えられていたところが大きいように思う。そして初音ミクブームがあれほどまでの順調な滑り出しを果たせたのは、彼ら電子音楽界隈の求めるエンターテイメント性と初音ミクのコンセプトが上手く合致していたたためでもあるのだろう。彼らイノベーターたちの好奇心と探究心がボカロ文化の端緒を開いたからこそ、今日までの発展があったのではないだろうか。

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