芸能人の政治的発言が嫌われる理由・タブー視される理由・干される理由

日本では著名人による政治的な発言がタブー視されている。

政治的な発言をした芸能人は、嫌われやすく、メディアからも干されやすいとも言われている。

実際に、音楽家や漫画家などの著名なアーティストや芸能人・文化人が政治的な発言をすると、世間から非難(バッシング)の嵐が巻き起こったり、ファンからの失望の声が上がることも多い。

なぜ人々は著名人の政治的発言を嫌うのだろうか。

思うに、これは人々が「愛する者からの裏切り」を受けたと感じているためではないだろうか。

愛する者へ抱いていたイメージや理想像が壊されてしまったことへの憤りを感じているのである。

浮世離れしていたと思っていた相手が、政治発言という俗物的な行為を取ることに、失望と戸惑いを覚えている。

なにしろ神格化されていた理想像が一瞬にして崩れ去ってしまったのだ。
そのショックは計り知れない。

尊敬していた相手が見苦しく振る舞っているのだ。
軽蔑の対象であった「ネトウヨ」や「サヨク」と同じ言動を取っている。
これほどおぞましいものはないだろう。

世論誘導やデマ・フェイク情報に踊らされて放った感情的な発言ならなおさらダサく見えてしまう。
それが短絡的で浅はかなロジックに基づいたものなら軽蔑ものである。
人々は政治的な発言そのものを嫌っているのではなく、リテラシーの低さに失望しているのである。

尊敬していた大切な人が無知をさらす姿に恥ずかしさすら覚えてしまう。
そこには思わず目を背けたくなるほどの不快感がある。

大切な人の政治発言が世間から非難されないか心配になってしまうこともある。
安易な気持ちで政治的な発言をしてほしくないという気持ちがある。
大切な人が傷つく姿を見たくないからだ。
その気持は「余計なことをするな」という苛立ちに繋がる。

要するに、不信感と失望によって相手への愛が冷めてしまったのだ。

雲の上の存在だと思って尊敬していた相手が、周りにいる人間と何ら変わらない、ちっぽけな存在だったという現実を突きつけられてしまった。

格上だと思っていた相手が、自分と同程度の人間だったという事実に気付かされてしまった。

今まで抱いていた「尊敬」や「憧れ」はニセモノだったのではないか、騙されていたのではないか、という疑いを持たざるを得なくなってしまった。しょせん彼らは虚構であり偶像(アイドル)過ぎなかったのだ。

人々はそれらに「裏切り」を感じ、強い「失望」や「恨み」の感情を抱いている。

つまるところ、この裏切りによって生じた「恨み」や「憎しみ」の感情が、政治的な発言をした著名人に不快さを感じてしまうことの原因なのではないか。

そして、政治的な発言をした著名人へのバッシングが起こるのは、信頼していた相手に裏切られたという気持ちが「怒り」の感情に繋がったことの結果なのかもしれない。

夫の振る舞いや本性に幻滅した妻が次第に夫を嫌うようになったり、熱狂的なファンがアイドルを傷つけたり殺めてしまうこともある。それは強烈な愛が憎しみに変わったことの結果なのかもしれない。愛が大きければ、裏切りと失望によって生まれる憎しみもまた大きなものとなる。

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愛されていた作品ほど、強烈なアンチが生まれやすい。そしてそのアンチは元々は猛烈なファンだったが、裏切りによってファンからアンチに変貌してしまったとも考えられる。

著名人は政治的な発言をするべきではない、などと主張するつもりはないが、しかし芸能人やアーティストという存在は、人々の尊敬を集め、人々に夢や希望を与える存在である。親の背中を見て前に進もうとする子(ファン)がいる。その自覚はしっかりと持つべきだと思う。

アイドル性やカリスマ性を売りにしている以上は、政治的な発言は悪手にしかならない。やや手厳しく言えば、人々を欺いて虚構を売るような商売を続けている以上は、分をわきまえる必要がある、ということだ。自身の影響力とその責任を自覚する必要がある。

やるならきちんと情報を精査して発言するべきである。人々は政治的な発言そのものを否定しているのではなく、その内容や質の悪さ、身の振る舞い方に不信感を抱いている。政治発言という行為そのものではなく、その内容にドン引きしているのである。

よく、政治を語る芸能人は業界から干される(仕事が与えられなくなる)と言われているが、それは干されたのではなく、単に神格化されていたアイドル像が壊れて人気がなくなったためではないか。

信頼や権威というメッキが剥がれて、株が下がり、ファンが冷めて離れていったのである。

スポンサーの逆鱗に触れて干されたのではなく、単に需要がなくなっただけのことである。

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